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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)325号 判決 1966年6月30日

控訴人 国

訴訟代理人 鎌田泰輝 外一名

被控訴人 日特重車輌株式会社

主文

原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。

被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

左記の事実はいずれも当事者の間に争いがない。

被控訴人は、訴外高橋武氏に対し、本件機械であるNTKWHSトラクターショベル排土装置付一台、車輌番号第四一、〇〇四号について、東京地方裁判所において「本件機械に対する高橋武氏の占有を解き、前橋地方裁判所所属執行吏に保管させる」旨の仮処分命令を得て、前橋地方裁判所所属執行吏瀬谷行洋にその執行を委任し、同執行吏は、元市橋前惣社町不二建設株式会社において右機械を保管していた。被控訴人は、つづいて高橋武氏に対し所有権に基づき本件機械の引渡請求の本案訴訟を提起したが、その間昭和三六年一二月二七日前橋地方裁判所において、同庁昭和三六年(モ)第三九七号をもつて、本件機械の換価命令を得たうえ、その執行を前記瀬谷執行吏に委任し、同執行吏は、昭和三七年一月二二日上記保管場所で本件機械を換価競売に付し、他に競買の申出をなす者もなかつたので、訴外谷只雄(原審被告)がこれを金五〇一、〇〇〇円で競落した。そして<証拠省略>によれば、右本案訴訟は昭和三七年四月二〇日被控訴人勝訴の判決言渡があり、同判決は控訴期間中に控訴の提起がなく確定したことを認めるに十分である。

被控訴人は、前記瀬谷執行吏の換価競売手続に違法があり、同執行吏は故意又は過失により違法に職務を行い被控訴人に損害を被らせた旨を主張するから、以下被控訴人が違法とする諸点について順次判断する。

一、天田房夫作成名義の鑑定書を競落価格決定の資料としたことが違法であるかどうかについて

被控訴人は、瀬谷執行吏が、鑑定能力を有しない訴外長井紀美雄に対して、同人がいつたん断わつたのに敢て本件機械の鑑定を依頼したことがなく、本件機械を一度も見たことのない天田房夫の作成名義で鑑定書が提出されたのにかかわらず、右鑑定書の評価額金七〇万円を漫然と軽信して競落価格決定の資料とし、本件機械を金五〇一、〇〇〇円という著しい低額で競落させたのはその職務上の義務に違背したものであると主張する。

本件競売手続に際して、右天田房夫の作成名義の鑑定書が提出せられたことは当事者の間に争いがなく、<証拠省略>を併せ考えると、次の事実を認めることができる。すなわち、瀬谷執行吏は、被控訴人から本件機械の換価競売の執行委任を受けるや、かねて訴外群馬トヨタ自動車株式会社から差押、競売等の執行を受任し、その担当係員であつた同会社総務部庶務調査業係主任長井紀美雄と熟知の間柄にあつたので、同人に対し同会社において本件機械の評価鑑定をなすよう依頼した。長井紀美雄は、自動車と建設機械とでは取扱業者が異なり、同会社では本件機械のような建設機械を取扱つていないからと、いつたんこれを断わつたが、同執行吏の是非にとの依頼に、右鑑定が執行手続に使用されるものであるとの趣旨を諒知のうえ、これを応諾した。そして同会社の内規に従い同会社が鑑定書を作成する場合の対外的な責任者として、同会社中古車課長天田房夫の作成名義をもつて、本件機械を金七〇万円と評価する昭和三七年一月一三日付の前記鑑定書を作成し、これを瀬谷執行吏に提出した。右鑑定にあたつては、天田房夫の指示により、長井紀美雄が自から数回にわたり、そのうち一回は建設機械について取扱の経験を有する友人の立会をも求めて、本件機械を調査し、統計資料等も参照して慎重に価額を評定し、これを天田房夫に報告して同人の了承を得たものである。瀬谷執行吏は、前記のとおり、同月二二日本件機械を競売に付し、右鑑定をも資料として、唯一人の競買申出人である訴外谷只雄に対しその申出価額金五〇一、〇〇〇円をもつて競落を決定した。他に上記認定を右左するに足りる証拠は存しない。

民事訴訟法第五七三条の規定により評価をさせるべき鑑定人は、同条の目的に照して、目的物の評価をなし得るだけの知識経験を有して適当と認め得る者であれば、特に目的物を平常取扱つているなどの高度に専門的な知識経験を有する者に限られるものではない。前記訴外会社は本件機械について右の程度の知識経験は有するものと認められ、特に鑑定人として不適格であるとすべき特段の理由もないから、上記のとおり瀬谷執行吏が、右会社が鑑定人としての能力を有するものと認め長井紀美雄を介してその鑑定を依頼したことに違法の点はなく、その方式、内容においても、上記のとおり、右会社の社員である長井紀美雄が専門の知識を有する者の意見をも聞いて調査した上慎重に評価をなし、正当な権限に基づいて右会社の課長の肩書を付した天田房夫の名義をもつて作成されたものである上、鑑定の理由も不十分ながら記載されているから、本件機械の鑑定書として相当なものと認められるから、同執行吏がこれを競落価格決定の資料としたことも違法ということはできないものといわなければならない。前記証人長井紀美雄及び同瀬谷行洋の各証言によれば、右鑑定の依頼は口頭でなされ、鑑定報酬も未払であつて、提出された鑑定書も執行記録の一部として綴じられていなかつたことが認められるけれども、このような事実があるからといつて右鑑定の手続及びその結果を採用したことを違法ならしめるものでないことはもちろんである。

もつとも、原審証人山崎誠一の証言によれば、当時前橋市内には、重車輌、ブルドーザー等の建設機械の販売、修理を取扱う営業所が二ヶ所位あつたことを認めることができ、<証拠省略>を併せ考えると、被控訴会社は、仮処分中の本件機械が露天にあつて損粍の度を増すので、換価命令の申請を決意し、昭和三六年一〇月頃あらかじめ右仮処分の執行を委任していた瀬谷執行吏にこれを打合せたところ、鑑定を得ておくようにとの示唆を受けたので、ブルドーザー、トラクター・ショベル等建設機械の修理、整備を専門に取扱つている訴外京浜車輌株式会社に勤務し、建設機械について多年にわたる専門の知識と経験とを有する奥田福松にその評価鑑定を依頼し、同人の作成した鑑定書を昭和三六年一一月頃同執行吏に送付したこと及び右鑑定書によれば、本件機械の現存価格は金一五二万円とされていることを認めることができる。従つて、これらの事実によれば、瀬谷執行吏は、他に一層適切な鑑定人を求めることが可能であり、また、前記天田房夫作成名義の鑑定書の評価額が執行債権者である被控訴人の予期する額よりも低廉でその期待に副うものではないことを知り得たものと推認できないではない。しかしながら、動産競売の場合である民事訴訟法第五七三条の鑑定人の鑑定は、不動産競売の場合のように最低競売価額として売却条件をなすものではなく、競売の場合の参考に供するものに止まるものであることを参酌すれば、右のことから直ちに、瀬谷執行吏が依頼した前記鑑定人が不適格であつたものということができないことはもちろんであつて、もとよりその鑑定の結果を不適法ならしめるものということもできない。上記の事実によつても、同執行吏の措置が、安易であつたとのそしりは免れないとしても、これをもつて同執行吏が職務上遵守すべき注意義務に背き違法を犯したものとまでは認め難いところといわなければならない。

そして、被控訴人は、瀬谷執行吏が右天田房夫作成名義の鑑定書の評価を軽信し、金五〇一、〇〇〇円という著しい低額で競落を決定したのは、同執行吏の職務上の義務に違背したものであると主張するけれども、動産の競売価格が一般の取引価格を下廻ることは公知の事実であつて、しかも、本件競売の場所は本件機械に対する需要の多くない、大都市でない前橋市である。殊に、最低価格を特別の売却条件としない動産競売においては、著しく、不当な価格でない限り、最高価競買申出人に対して競落を許すほかはない。本件の場合は、前記のごとく、右換価競売の競買申出人は谷只雄一人で他に競買申出人がなく、原審証人瀬谷行洋の証言及び原審における被告谷只雄本人尋問の結果によれば、右競売に際して同執行吏は当初の申出価額をさらに一、〇〇〇円増額させて前記価格で競落を決定したものであることが認められる。これらの諸点に、さらに、右競売期日を開始して競売を実施したことが違法であるとも認め難いことは後に認定するとおりであることを合せ考えれば、後段判示のように、本件物件が競落後金七〇万円の債務の代物弁済として譲渡せられたり、金一〇〇万円で他に転売せられた事実を参酌しても、被控訴人の右主張も採用することができない。

二、瀬谷執行吏が競落人に対して不当な便宜を供与したものであるかどうかについて

被控訴人は、前記換価競売に当り、瀬谷執行吏が、競落人となつた谷只雄に対して、期日前にあらかじめ本件機械の評価鑑定書を内示したうえ、競落予想価格を教示し、同人に不当の便宜を供与し、もつて競売手続の公正な運営を害した旨を主張する。原審証人鈴木勉美及び同桂川達郎の証言中には右被控訴人主張の事実に符合する供述が存し、原審証人鈴木勉美の証言によつて真正に成立したものと認める甲第七号証(調査報告書)中には、谷只雄が瀬谷執行吏と談合して落札したことを自認した旨の記載が存する。しかしながら、右甲第七号証の記載は、どのような状況のもとにどのような方法で得られた認識を記載したものか判然とせず、直ちに採用し難く、また、右桂川証人の証言は、同証人が瀬谷執行更に対して不当執行の理由で損害賠償を求める旨の内容証明郵便を送達したうえ、さらに問責に赴いた際、同人らが右の事実を自認したというのであつて、このような状況のもとで同人らが右の事実を自認するというのは不自然でもあり、原審における被告谷只雄本人尋問の結果によれば、同人は、被控訴人側の調査を受けたので右執行につき紛議を生じていることを知り、瀬谷執行吏に事情を糾したところ、その際右天田房夫作成名義の鑑定書を示されたことが認められるから、同人らが右事実を述べて弁疎したのを桂川証人において誤解したものとも考えられ、これらの事実によれば右桂川証人の証言もにわかに措信し難く、右鈴木勉美の証言も甲第七号証及び桂川証人の報告に基づくものであるから、同様にたやすく措信することができない。他に被控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はないから、この点の主張も採用し難い。

三、瀬谷執行吏が受任者としての注意義務に違背したかどうかについて

(1)  被控訴人は、被控訴人があらかじめ競売期日に立会う予定であることを通知しておいたにかかわらず、瀬谷執行吏が被控訴人の到着を待たずに政て競売期日を強行したのは、受任者としての注意義務を怠つたものであると主張する。

被控訴人が瀬谷執行吏の前記換価競売の期日に立会わなかつたことは、当事者間に争いがなく、<証拠省略>を併せ考えると、次の事実を認めることができる。すなわち、被控訴人は、前記認定のとおり、前橋地方裁判所において本件機械の換価命令を得、瀬谷執行更にその換価競売を委任したところ、同執行吏は、その競売期日を昭和三七年一月二二日午前一〇時、競売の場所を本件機械の保管場所である前橋市元惣社町不二建設株式会社材料置場と指定し、同月八日その旨を公告するとともに、その頃被控訴人にもこれを告知した。被控訴人側では、右競売期日に立会うこととし、同月一九日頃瀬谷執行吏の役場に連絡してその旨を伝えたところ、役場事務員から、競売の場所に直接行かず、役場の方に来るようにとの指示があつた。競売期日の当日である同月二二日、被控訴人側は右競売に立会うために、被控訴人の代理人である弁護士桂川達郎、被控訴会社総務部長鈴木勉美、競買希望者である甲田文男らが同道して東京を出発したが、当日は降雪のために列車が遅延し、高崎駅へ到着したのは午前一〇時二〇分頃であつた。そこで、直ちに瀬谷執行吏の役場に電話したところ、すでに同執行吏が出発した後であつて、結局、競売に立会うことができなかつた。

他方、瀬谷執行吏は、競売期日の当日に午前一〇時過ぎまで、役場で被控訴人側の到着を待つていたが、当日に立会のため列車で来るとすれば乗車すると予想される最後の列車の到着時刻を過ぎても、被控訴人側が来ず、また当日には他にも有体動産の差押事件があり、その事件関係者はそろつており、道順からいつて、同事件の執行の場所に行くには、本件機械の保管場所を経て行くことが便宜でもあつたので、まず本件機械の競売からさきに執行することとし、被控訴人側とは特段の連絡をとる措置を講じないまま、前記別事件の関係者と同道して役場を出発し、本件機械の保管場所に赴いた。その際本件機械の競売に参加することを希望していた原審被告谷只雄も役場から一行に加わり、瀬谷執行吏は同人の自動車に同乗して行つた。そして、本件機械の保管場所に到着するや、瀬谷執行吏は、直ちにその競売期日を開き、競売の申出を催告したが、前記谷只雄のほかには競買希望者がなく、同人が金五〇万円の価額を申出でたので、同執行吏は、もう少し上げるように促がし谷はさらに金五〇一、〇〇〇円と申出で、結局右価額をもつて本件機械の競落を決定した。

右認定の事実によれば、瀬谷執行吏は、競売期日の当日、被控訴人らの到着を待つていたが、定刻を過ぎても到着しないので、競売の場所に向けて出発し、本件機械の保管場所に臨み競売期日を開いたものである。同執行吏は、被控訴人の委任に基づいて右競売手続を開始したものではあるが、その後の手続は、法令の定めるところに従い、適正、迅速に進行せしめる職責を有し、濫りに委任者の意思を付度してこれを左右することは許されないところであつて、被控訴人側から延着の事情についてなんらの連絡もなかつたのであるから、瀬谷執行吏が右競売期日の変更をしなかつたとしても、受任者としての注意義務に違反したものということはできない。当日被控訴人らは高崎市までは到着したのであるから、瀬谷執行吏が他の執行事件から先に実施し、本件機械に対する期日の開始を後順位としていたならば、被控訴人らはその期日に間に合うことができたであろうし、また、被控訴人側が期待する金額以下での競落を防止するため、競買希望者を同道し、或いは自ら競売に参加することのあるべきことは、競売に立ち会う旨の通知を受けた当時、瀬谷執行吏としても予想し得たところであることは推認できないではないが同執行吏は被控訴人らから連絡もなく、延着の事情も知らなかつたのであるから、競売を実施したのは、当然且つ適法な措置であつたと認めざるを得ない。ことに同執行吏は、被控訴 ̄人らから立会の予告を受けていたからこそ、定刻を過ぎるまで出発を延ばし、委任者である被控訴人のため裁量の可能な範囲で便宜の措置をとつたものということができる。従つて,被控訴人が当日期日に立会うことの保障もなかつた同執行吏としては、期日の開始を遅らせる措置を講じなかつたことも、被控訴人らに対する受任者としての義務を尽さなかつたものということはできないものといわなければならない。被控訴人の主張するごとく、瀬谷執行吏が、上記評価鑑定の手続の違法または競落人に不当な便宜を供与した違法を糊塗するために、ことさらに被控訴人側に立会の機会を与えないようにする意図から、期日の延期、変更をしなかつたものであるとの事実を認めるに足る証拠は存しないばかりでなく、瀬谷執行吏には、右のような違法の廉がなかつたことは、上記認定のとおりである。

被控訴人らは、債権者が、あらかじめ立会の意思があることを表示したにかかわらず、期日に出頭せず、その理由も判明しないときは、執行吏は、職権によつて競売期日を延期するのが慣例であると主張するけれども、そのような慣例が存することを認めるに足りる証拠は存しない。

従つて、この点に関する被控訴人の主張も採用することができない。

(2)  被控訴人は、さらに、瀬谷執行吏が依頼して作成させた天田房夫名義の前記鑑定書を被控訴人に開示して異議申立をする機会を与えるべきであるのにこれをせず、殊に、被控訴人が同執行吏の依頼によつてあらかじめ送付した奥田福松作成の鑑定書に比較しても、評価額に格段の差異があるから、同執行吏としては被控訴人に対して異議がないかどうかを確かめ、適正な評価額を認識する手段を講ずべきであるのに、右奥田福松作成の鑑定書を無視して競売を実施し、しかも、仮りに右天田房夫作成名義の鑑定書に拠るとしても、競売の実施に当つては、同鑑定書の評価額を最低価格とし、この価額以上の競買申出がないかぎり、期日を延期して、少くとも、右価額による競落を確保すべき義務があるのに、その措置もとらないではるかに低い金五〇一、〇〇〇円での競落を決定したのは、いずれも、瀬谷執行吏が受任者としての任務に背き、違法な執行行為をなしたものであると主張する。

本件機械の換価競売に当つて、瀬谷執行吏が長井紀美雄を介して天田房夫の作成名義の鑑定書の提出を受け、右鑑定書をも資料として谷只雄に対し金五〇一、〇〇〇円をもつて、競落を決定したこと及びこれと別途に、被控訴会社が瀬谷執行吏の示唆に基づき、あらかじめ同執行吏に対して、本件機械を金一五二万円と評価する奥田福松作成の鑑定書を提出していたことは、いずれも前記認定のとおりである。そして、<証拠省略>によれば、被控訴人は、昭和三六年一一月にいつたん東京地方裁判所において本件機械の換価命令を得たが、その後右換価命令は管轄違いの理由で取消され、事件は前橋地方裁判所に移送された結果、改めて同裁判所において昭和三六年一二月二七日本件機械の換価命令を得るに至つたものであるところ、右奥田福松の鑑定書は、右東京地方裁判所の換価命令が発せられた際に、その競売期日指定の申請書とともに瀬谷執行吏に送付されたものであることを認めることができる。

しかしながら、上記判示のとおり、有体動産の換価競売に当る執行吏は、債権者の委任に基づいて手続を開始するものではあるが、その後の手続は法令の定めるところに従い公正にこれを実施すべき職責を有することはもちろんであつて、有体動産の競売手続においては、最低価格を特別の売却条件とせず、すべて自由なる競争によつて価格の形成が行なわれるのであるから、価格形成の公正が阻害され、不当に低廉な価格であると認められないかぎり、最高価競賞申出人の申出価格をもつて競買を決定すべきことはいうまでもない。本件機械の換価競売に当つては、競費申出人は谷只雄一人で、他に競争者がいなかつたことは、上記認定のとおりであるから、瀬谷執行吏が同人の競落を決定したことは、それ自体違法ということはできない。また、天田房夫作成名義の鑑定が違法とは認め難く、一般に競売においては、その取引環境上競落価格が取引価格を下廻るのを通常とすることは上記判示のとおりである。被控訴人主張の奥田福松作成の鑑定書は、瀬谷執行吏の示唆に基づいて提出されたものであるとはいえ、同執行吏が直接同鑑定人を選定して依頼したものではなく、手続外において被控訴人が作成させたものであつて、右鑑定評価があり、その評価額と前記天田房夫作成名義の鑑定書の評価額との間に格段の差異があるからといつて、瀬谷執行吏として当然これに従うべき義務があるものということはできない。そのいずれを採るかは、競売の状況に応じて同執行吏の判断に委ねられるところといわざるを得ず、いわんや、前記天田房夫作成名義の鑑定書をあらかじめ被控訴人に開示しその意見を求めるべき義務を生ずるものということもできない。そして、<証拠省略>を併せ考えると、右奥田福松作成の鑑定書の評価額は、昭和三六年一〇月二六日現在における専門業者が中古品を下取りする場合の査定価格と認められるから、右評価額をもつて直ちに競売当時における本件機械の時価と認めることはできず、<証拠省略>によれば、谷只雄が本件機械を競落して後、間もなく、これを福田喜一及び樋口実に対する借受債務額七〇万円の代物弁済として同人らに譲渡し、さらに同人らはこれを間もなく金一〇〇万円で他に転売したことが認められるけれども、右の事実も、未だ前記競落価格が競落価額として不当に低廉であつたものと認めるに足らないことは、上記判示に照して明らかというべく、他に右競落価格が価格形成の公正を阻害され不当に低廉であつたことを認めるに足りる証拠は存しない。従つて、右競落価格から推論して、上記瀬谷執行吏が奥田福松の鑑定に従わず、天田房夫作成名義の鑑定書につき被控訴人の意見を徴しなかつた措置をもつて、任務に背き違法を犯したものと結論することもできない。

被控訴人は、瀬谷執行吏が前記天田房夫作成名義の鑑定書の評価額をもつて最低競売価格とし、この価格以上の競買申出人がないかぎり競売期日を延期すべきであつたと主張するけれども、同執行吏が一般に右のごとき義務を負担するものでないことは、上記判示のとおりであつて、特に本件の場合において、そのような義務を負担していることを認めるに足りる証拠は存しない。本件機械の競落価格が不当に低廉であつたものと認めるに足る証拠が存しないこと上記のとおりであるばかりでなく、瀬谷執行吏としては、右競売の当時、期日を延期、変更すべき理由を有せず、これを延期、変更したとしても更に高額の競買申出がなされるとの保障も存しなかつたのであるから、たとえ、控訴人にとつては、本件機械の競売が急を要するものでなく、その延期、変更が容易であつて、委任者たる被控訴人側にこれを期待した事情が認められるとしても、同執行吏が上記価格をもつて競落を決した措置をもつて、直ちに、受任者としての任務を尽さず、違法な執行行為をなしたものということはできないものであることは、上段判示からしても、明らかであるといわなければならない。

従つて、被控訴人のこの点の主張もとうてい採用することができない。

上記のとおり、被控訴人が瀬谷執行吏の不法行為として主張する事実はいずれも理由がなく、上記認定の各事実を総合しても、同執行吏のなした執行手続をもつて違法たらしめもるのということはできないものと認めるから、被控訴人の本訴請求は、進んで他の点の判断をなすまでもなく失当である。

よつて、原判決中、右と結論を異にし、控訴人に対する請求を一部認容した部分は不当であつて、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条により右部分を取消し、被控訴人の右請求を棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 江尻美雄一 矢ケ崎武勝)

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